フロィトへの回帰 と オィディプスの彼方 (3)

2019-2020 年度 東京ラカン塾 精神分析セミネール

フロィトへの回帰 と オィディプスの彼方 (3)

日時 : 2019年11月15日(金曜日)19:30 - 21:00
場所:文京シビックセンター 5 階 D 会議室
参加費無料,事前申込不要

我々の否定存在論の観点から見るなら,Freud の Irma の注射の夢 の中心を成しているのは,大きく開く〈彼女の口の〉穴が「死の穴」(le trou thanatique) として 現れ出でてくる場面です.

Irma は,口を開く直前に,義歯 (Gebiss) を装着している女性のように,口を開くことに対して抵抗する,と Freud は述べています.その「抵抗」は,実際には,恐ろしい〈死と無の〉穴である「源初論的孔穴」(le trou archéologique) の開口に対する Freud 自身の抵抗です.

Gebiss という語は,「義歯」を表すだけでなく,本来は,人間や動物の口のなかにある「歯」(Zahn) 全体を表す集合名詞です.Gebiss の語源は,beißen[噛む]です.我々は,Hans 少年の恐怖症の対象である「馬の口に噛まれる」こと(今年度のセミネールのなかで取り上げます)を想起することもできますが,しかして また,vagina dentata を連想することもできます.

恐ろしい〈源初論的孔穴の〉開口を表す「次いで,Irma の口は 大きく開く」は,Irma の注射の夢の中心的な image なのですが,しかし,Freud は,それについて十分に解釈することができません.そして,脚注でこう付け加えています :「あらゆる夢は,解明され得ない (unergründlich) 箇所を,少なくともひとつ,有している.その箇所は,言うなれば,ひとつの臍[へそ]であり,そこをとおして,夢は,認識されざるもの (das Unerkannte) と 繋がっている」.

この unergründlich[解明され得ない]という語に,我々は,Jakob Böhme による神の名称 : Ungrund[無底]— 基礎づける (gründen) ことのできないもの — を見出し,さらに,Heidegger の言う Ab-grund[深淵のように口を開いた穴としての基礎,基礎になり得ない深淵の穴]を見出すことができます.そして,夢の臍をとおして繋がっている彼方の在所に位置づけられる das Unerkannte[認識されざるもの]は,書かれないことをやめない 存在 (l'être qui ne cesse pas de ne pas s'écrire) そのものです.

『夢解釈』において Freud が der Nabel des Traumes[夢の臍]と呼んでいるものは,我々にとっては,口を開いた源初論的孔穴 を指ししるしています.そして,Freud がそれを「臍」と呼んでいることは,まさに,Freud がそれを「口を開いた穴」として捉え得なかった,ということを示唆しています — 臍は,母胎との〈開いていた〉繋がりの〈閉じてしまった〉痕跡にすぎませんから.

Irma の注射の夢の最後に,trimethylamine の化学式が,太字で印刷された形において,登場してきます.

開かれた Irma の口の image と同等に最も印象的な trimethylamine の化学式は,源初論的孔穴を縁取る文字です.その文字は,何を表しているでしょうか?15日のセミネールにおいて,Gérard Haddad の解釈を紹介しましょう.

今回のセミネールの場所は,普段利用している 文京区民センター内の会議室ではなく,文京 シビック センター(文京区役所 や 文京 シビック ホール 等が入るビル)の 5 階の D 会議室です.初めて来る人にとっては 若干 わかりにくいところにありますから,必要なら,入口のところにある受付に問い合わせてください.

2019年11月10日